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美濃部憲法学を読む

帝国憲法から日本国憲法まで、「日本の憲法」について考えるブログです。

『憲法講話』1-1 国家の性質 5.国家の特色②

『憲法講話』原文

 最高権力を有せざるものは国家に非ず

 国家が他の地域団体即ち地方団体の類と区別せらるゝ所以は専ら此の最高の権力を有するの点に在る。他の地域団体は何れも国家の権力の下に服し国家に依つて制限せられて居るもので何れも最高権を有するものではなく、独り国家のみが此の性質を備へて居るのであります。市町村だの府県だのに付いては其の最高権を有するもので無いことは言ふ迄も無いが、其の他の地域団体に付いても何れも同様であります。

 例へば英国の殖民地の中でも、濠洲聨邦とか加奈陀とか南阿聨邦とかいふやうな所謂自治殖民地は、殆ど独立の国家と大差の無い組織を為して居つて、憲法を有し、国会を有し、内閣も有れば独立の裁判所も有るといふ有様でありますけれども、矢張り英国の権力の下に服して居るものであつて、最高の権力を有する者ではなく、随て国家たる性質を有するものではない。

 印度の如きも名義上は印度帝国と称し、英国の国王は其の公の称号としては、大貌利顚及愛爾蘭合衆王国国王並印度皇帝云々と称せらるゝのでありますけれども、印度は矢張り英国の権力の下に服して居るもので、等しく英国の一殖民地たるものに過ぎぬ、決して一国家たる性質を有するものではないのであります。

 

 聨邦各国の性質

 唯多少の疑の有るのは独逸帝国、米合衆国及瑞西聨邦の如き、所謂聨邦を組織して居る各国であります。此等は、何人も知つて居る通り、沢山の国が集まつて一の国家を組織して居るので、独逸帝国は普漏西を初め二十五箇国より成り立つて居り、合衆国は四十有余の諸国から作られて居り、瑞西も亦同様に多くの「カントン」から組織せられて居るのである。

 此等の聨邦を組織して居る各国は普通には矢張り国家の性質を備へて居るものとせられて居りますけれども、其の実は此等の各国は何れも帝国、合衆国等の中央権力の下に隷属して、之に依つて制限せられて居るもので、最高権を有するものではないのであります。随て若し前に述べた通り最高権を有することが国家の要素であるとするならば、此等の国は真の国家ではないと言はねばならぬ結果となるのであります。国家たる性質を有つて居るのは唯独逸帝国、米合衆国其れ自身で、之を組織して居る所の諸国は其の下に属して居る一種の地域団体たるに過ぎぬもので、独立の国家たる性質を有するものではないといふことになるのであります。

 斯ういふ考が果して正しいか何うかは、独逸に於て殊に激しい議論の有る問題で、独逸では多数の学者は、独逸帝国も一の国家であり、之を組織して居る普漏西其の他の聨邦各国も、亦各々一の国家であると、主張して居りまして、其の結果は、国家の権力は必ずしも常に最高であるとは限らないのものであるといふやうな主張を為して居る人が多いのであります。

 此の問題を詳論しますのは、余りに専門的に渉りますから、玆には略しますが、私は歴史的の因襲を離れて単に理論から申すならば、寧ろ聨邦各国は真に国家たる性質を有するものではないといふ方が正しいのではないかと考へて居ります。独逸の学者が、聨邦各国も亦各々一の国家であるとして居るのは、唯此等の国が歴史上嘗て独立の国家であつたといふ、歴史的の事実に制せられて居るのではないかと思ふのであります。

 其れは何れにしても、日本の国家の説明としては、国家は最高の権力を有する団体であるといふことが、正しい説であることは更に争を容れない所であります

 

 国家の定義

 国家の性質は略以上述べた通で、約言すれば、国家は最高の権力を有する領土団体なりと言ふことが出来ます。詳しく曰へば『国家は一定の土地を基礎とする団体にして自己の意思に基き自ら制限を加ふるの外他の者に依りて其の意思を制限せられざるの力を有するものなり』と、定義することが出来るのであります。

 

 国家の権力は無制限にあらず

 国家が最高の権力を有すといふことは、決して絶対無制限の権力を有すといふ意味ではない。普通に能く国家が絶対無限の権力を有つて居るといふことを言ふのは、甚だ間違で、前にも言ふ通り国家は一面には国際法の制限を受け一面には 国内法 の制限を受けて居るものであります。国家は唯此の制限内に於てのみ活動することが出来るのでありますが、唯此の制限は国家自身の意思に反して生ずるものではなく、国家が自ら加へる所の制限でありますから、国家が最高の権力を有すといふのであります。

 

 

 ※美濃部達吉憲法講話』(大正7年)p16-19

  古字及び旧字体を新字体に改め、改行を加えた外は原文のまま。

  本文中の傍点は、「﹅」を太字、「○」を青字、「●」を赤字で表した。