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美濃部憲法学を読む

帝国憲法から日本国憲法まで、「日本の憲法」について考えるブログです。

『憲法講話』1-1 国家の性質 3.国家は国民の団体である

『憲法講話』原文

 第二種の見解-団体説

 第二の見解は、第一種の見解とは反対に、国家を以て単に一人の持ち物とはなさず、国民全体の永久的の結合体であると見るの説であります、此傾向に属する学説もいろいろに分れて居つて、或は国家は有機体であると説明する者もあり、或は国家は一つの団体であると解する者もあるが、其の大体の思想は何れも同様であつて、其の第一種の見解と異なつて居る最も著しい点は、君主と国家とを権利主体と客体との関係に在るものと看做さず、君主も臣民も同心一体を為し、其の全体を以て有機的の団体を為して居ると見ることに在ります。国家を以て単なる統治の目的物となさず。国家それ自身が目的を有し活動力を有する主体であると見るのであります。

 此の第二の見解が国家の本質に付いての唯一の正当なる見解であります。因つて是より此の見解に随て簡単に国家の本質を説明しようと思ひます。

 

 国家は団体なり

 第一に国家は一の団体である。団体とは、簡単に言へば、共同の目的を以てする多数人の結合なりといふことが出来ます。単に多数人の集りが常に団体であるといふのではなく、或る共同の目的があつて多数の人が一致協力して其の合同的の力に依つて其の目的を達しようとする場合にのみ之を団体といふことが出来るのであります

 仮令多数人が同じ目的を以て相集つて居る場合であつても、其の多数人が一致協力して其の目的を達しようといふのではなく、各人が各々自分の目的を達しようとするのであるならば、それは唯偶甲の目的が乙の目的と同じであるといふばかりで、甲と乙とは各自独立の目的を有つて居るのであつて、決して共同の目的を以て結合して居るものといふことは出来ぬ。例へば同じ汽車に乗合つて居る乗客とか、同じ芝居を見に来て居る観客とかいふやうなものは、何れも団体ではない。団体には常に或る共同目的が必要で、共同目的といふのは常に多数人の協力といふことを其の前提として居るものであります。

 人間は其の一個人としての力は甚だ薄弱なもので、其の生命にも限のある事であるから、若し一個人だけで仕事をするとなれば、其の為し遂げ得べき範囲は極めて僅で、人生の目的は到底之を達することが出来ないと言はねばならぬ。多数の人が協力一致して事を行ひ、又は一人が死んでから後にも他の人が其の意思を継いで同じ目的を達するといふやうに、団体的活動を為すことに依りて、始めて人生の目的を達することが出来るのであります。

 

 団体は目的を有し活動力を有す

 団体の共同目的は固より団体に属して居る各個人の目的ではあるけれども、各個人が各自独立に其の目的を達しようとするのではなく、団体共同の力に依つて之を達しようとするのであるから、吾々の普通思想に於ては団体そのものを恰も生存力を有つて居る活物の如く見做し団体そのものが或る目的を有つて居るものとして考へるのであります。例へば或る事業の為に会社を設立するとすれば、其の事業は会社自身の目的であると看做されるし、或る政党が作られるとすれば、其の政党が或る一定の目的を以て活動して居るものと看做されるのである。

 其の結果として又其の共同目的を達するが為にする活動は凡て団体自身の活動と看做される。其の活動は固より各個人が之を為すのであるけれども、各個人が自己の独立の目的の為に之を為すのではなく、団体の共同目的の為に之を為すのであるから、吾々の普通思想に於て其の活動自身が団体に属し団体が自ら活動するものと看做すのであります。即ち会社が営利事業を営んで居るといひ、政党が政綱を発表するといふやうに、団体其れ自身に活動力があり。意思を有つて居るものと看做すのであります。

 

 団体は機関を有す

 総ての団体は此の如く共同の目的を有し随て又活動力を有つて居るものでありますが、併ながら実際に其の活動を為す者は固より各個人でなければならぬ。団体に属して居る各個人が団体の共同目的の為に働き其の活動が団体自身の活動と看做さるゝのであつて此の如く団体の為に働く所の人を団体の機関と申します

 此の如き機関は総ての団体が必ず皆之を備へて居るべきもので、苟も団体たる以上は如何に薄弱な如何に小さな団体と雖も、必ず機関の無いものは無い。恰も人間にも頭脳を初として、呼吸機、消化機、血行機、手足、耳口などいふやうな各種の機関が有つて、各々一定の職分を有つて居り、人間の活動は凡て此等の機関に依つて行はるゝのと同じやうに、総ての団体にも又必ず団体の機関が有つて、其等の機関が各々一定の職分を有つて団体の為に活動し、其の活動が団体の活動となるのであります。

 以上は総ての団体に共通の性質を述べたので、即ち団体には必ず一定の目的があり其の目的を達するが為めの活動力即ち意思力があり、其の活動を為す所の機関がある。国家も亦此の如き団体の一種類であるから随て又凡て此等の性質を備へたものでなければならぬことは勿論であります

 

 国家は有機体なりといふの意義

 国家の此の如き性質を言ひ表はす為に又国家は一の有機体であると申すことがあります。国家が有機体であるといふのは畢竟国家が団体であるといふのと同じ意味に帰するので、即ち国家が恰も人間其の他の有機体の如く生活力を有して絶えず生長発達し、或は元気の盛なこともあれば、或は老衰することもあり、各種の機関を備へて、其の機関に依つて活動するものであることを言ひ表はすものに外ならぬのであります。

 

 

 ※美濃部達吉憲法講話』(大正7年)p7-11

  古字及び旧字体を新字体に改め、改行を加えた外は原文のまま。

  本文中の傍点は、「﹅」を太字、「○」を青字、「●」を赤字で表した。